数学の勉強法 その2

まず一つは、基礎をしっかり身につけることです。単に定義や定理を覚えるのではなく、どうしてこういう定義をするのか、この定理はどういうことのために使うのか、などの流れを意識しましょう。自分一人でもこの定義と定理に辿り着けたんじゃないかと軽く錯覚するくらいまでその自然さを理解できたら申し分ありません。また、計算の手法(典型的な式変形や微分積分の解法)は機械的にできるようになるほど演習をするべきです。考えるべきところでじっくり考え、計算するときは素早く機械的に、というのが理想です。

そしてぼくが思うに、一番差がつくのは、わからなかった問題の解説を読むときの姿勢です。わからなかった問題の解説を読んだ直後、自分は本当にその解き方を再現できるのか、自問自答してみてください。確かに、模範解答の内容を追うことはできるかもしれません。それでも十分すごいことです。ただ、解説の正しさを理解して記憶することと、解説と同じようなことを自分の頭で完全に再現できることとの間には、大きな隔たりがあります。そしてその差が、見たことのない難しい問題に出会ったときに、現れてしまいます。

具体例を出しましょう。

$$abc = a+b+cを満たす自然数(a,b,c)
\\の組をすべて求めよ。$$

まずは少し考えてみてください。

 

<模範解答>

$$ a \leq b \leq c と大小関係を設定すると、
\\a+b+c \leq 3c $$

$$ よって、abc \leq 3c 、
\\つまり ab \leq 3 $$

$$ 従って(a,b) = (1,1),(1,2),(1,3)
\\を調べあげればよく・・・$$

 

さて、この解法を正しいと理解することは、比較的簡単です。ただ、これと同じような考え方を使う問題に再び出会ったとき、解ける自信はありますか? もっと言うと、一時間後に同じ問題を出されたとき、この答案を再現することはできるでしょうか? もしかしたら、大小関係を設定するというところを暗記していて、どっち向きの不等式を作るんだっけと色々試した結果、なぜか都合のいい不等式ができて解けていた、そんな感じになっているかもしれません。そのくらいの理解では、もっと難しい問題を前にしてボロが出てしまいます。

なぜこうなるのかというと、この解法が、数学的に正しいことはわかっても、感覚的に何をやっているかわからないから、つまり自然な思考の産物ではないから、です。模範解答には途中の試行錯誤やあって然るべき発想のステップが書かれていません。解説を読むときに意識したいのは、その見えない思考の過程を補い、「どうしたら自分でこの解法を思い至れたか」を、自分でしっくりくるまで突き詰めることです。

 

<思考の過程>

a,b,cに色々と数を入れてみると、a,b,cがすべて大きな数のとき、abcの方がa+b+cよりも大きくなってしまうことがわかる。これは、大抵の場合掛け算の方が足し算よりも大きい数になることを考えれば当たり前っちゃ当たり前だ。すると、a,b,cが小さい数のとき、つまり掛け算が足し算を追い抜かす前までの範囲で考えれば十分だろう。じゃあ、具体的にa,b,cはどれくらい小さければいいのか。

a,b,cの中で一番大きいものを考えよう。その値をnとすると、三つの数を足し算した値は高々3nだ。そしてこの3nは三つの数を掛け算して得られる値以上である。だったら、n以外の残りの二つの数の積は3以下だから、かなり絞れるぞ・・・。

 

こう考えると、この問題の本質は大小関係を設定するという便利なテクニックではなく、大抵の場合掛け算の方が足し算よりも大きくなるという感覚的にも頷ける事実であることがわかってきます。それさえ習得すれば、たとえ一週間後でも、解答を再現することができるようになるのではないでしょうか。

そして、どうしてそういう解法をとるのかの理屈をおさえておけば、難しい問題に出会ったときも自然な思考の結果として方針を立てることができるはずです。

だからみなさんにお伝えしたいのは、わからなかった問題、もっと言うと、なんとなく解けてしまった問題に対しても、「どうしてこれで解けるのか」「どうしてこの解き方を思いつくのか」をじっくり考えながら勉強しよう、ということです。

これは、はじめのうちは手間も時間もかかりますし、妥協せずにちゃんと考えるというのは案外大変で疲れることです。ただ、これはセンスなどではなく、やる気や根気の問題だとおもいます。そして学習内容が深まっていき、数学的な考え方を自分のものにできたら、数学の問題を解くこと、考えることは楽しくなってくるはずです。ぜひ、気合いを入れて、がんばってみてください!

 

まとめ

・問題を解きまくり、計算方法や定理の使い方を頭に染み込ませる。

・解けなかった問題の解答を読むとき、今後自分の思考で再現できるよう、どうしてその解法が思いつくのかを追究する。

 

おまけ

・三平方の定理の別証明

下の三角形で相似比がAB:BC:CAの直角三角形の三つ組を見つけ、面積比が相似比の二乗に比例することを考える。

・難しい類題

$$ ab + bc + ca = abc + 1 を満たす自然数(a,b,c)
\\の組を全て求めよ。$$

数学の勉強法 その1

「赤、緑、青、三色のジェリービーンズが入った容器があります。同じ色を二つ以上確実に得るためには何個取り出せばいいでしょうか」
先日、たまたま見た動画でとあるYouTuberがこんな問題を解いていました。そのYouTuberの方はとても簡単だと言ってすぐに答えを出されていました。なお、正解は「4個」です。
いきなりこんな脈略のない話を出したのは奇を衒ったのではなく、このエピソードが数学について考える上で示唆的であると思ったからです。お気づきの方もいるでしょうが、この問題は数学で言うところの「鳩ノ巣原理」をそのまま適用したものです。四つのものを三つの種類に分けたら必ず重複が生じる種類がある――この主張が正しいことは感覚的に明らかですし、だからこそ、おそらく「鳩ノ巣原理」を知らないであろうYouTuberの方も自然な思考の行き着く先として答えを出すことができたのです。
さて、誤解を恐れずに言うのなら、大抵の数学の問題は、こういう当たり前な考え方の積み重ねで解けてしまいます。だから、大切なのは記憶力でも閃きでもなく、ものをしっかりと考える力なのです。それさえあれば、究極的には、言葉の意味さえわかっていればほとんどの問題は解けてしまうはずです。
――と、言いたいところですが、「ちゃんと考えるようにしたら問題が解けるようになりました!」なんて甘いことはありません。では、どうして数学はこんなに難しいのか。まずはその理由について自分なりに考え、その内に数学を「簡単」にするためのヒントを得られればと思います。

1、 抽象化・一般化
まず、数学が難しいのは、それがしばしば抽象的なものを扱っているからです。紙上でxやy、nたちが溢れ出すと、途端に処理が追いつかなくなるという人も多いかと思います。例えば、上記の簡単な問題でも、「三色」を「n色」に変えただけで考えることを放棄する人がいかねませんし、数学に慣れ親しんでいる高校生でも、n色のジェリービーンズが入った容器から同じ色をm個以上確実に得るために取り出す必要のある個数は? と問われたら少し考え込まざるを得ないでしょう。抽象化・一般化すると難しくなるのは、考えるべきことがぼくたちの自然な日常的な思考から外れてしまうためです。
では、どうすればいいのか。一つ目は、慣れることです。文字式を扱う機会が増えれば、だんだんと抵抗がなくなっていき、次第に具体的な数同様に考えることができるようになれます。
そして二つ目は、抽象化された問題を、具体化してみるということです。例を考えることは、いつだって理解の助けになります。nが小さいときはどうなるか、書き出してみる。そこで頭を働かせ、得られた考え方を、一般の場合に適用する。これは非常に役立つやり方です。また、グラフを書く、図を描く、というのも、イメージしづらいものを形にして理解しやすくするための工夫です。

2、 厳密さ
数学が難しい理由の二つ目は、それが常に厳密であることを要求するから、です。ここでいう厳密さとは、筆算の繰り上げや場合の数の数え上げ、場合分けなどはもちろんのこと、論証の正確さをも含みます。こういった偏執的なまでの厳密性は日常ではなかなか必要とされないものですし、だからこそ数学を難しく感じる要因になります。
計算ミスや数え落とし、場合分け忘れといった失敗をなくすには、訓練が一番です。たくさん計算する、いろんな問題を解き技法のパターンを知る、そしてミスに気づく技術を身につける。ただ、「論証の正確さ」については考える力と密接に関係してきます。隙のない証明をする上で大事なのは注意深くあることに加えて、「用意された型を使うこと」だと思います。
今一度最初の問題を例にとって考えましょう。動画の中でYouTuberの方は以下のようにして4個という答えを出していました。
「三個とったら最悪でも赤、緑、青の三色が揃う。その後四色目をとったら必ずだぶるから答えは四だ(意訳)」
考え方としては自然で正しいですが、数学の答案だったら△です。「鳩ノ巣原理より」ですますこともできますが、ここではわざとらしく背理法を使ってみます。また、この例では簡単すぎるので、n,mで一般化した問題を考えます。
「n(m-1)個では条件を満たさない例(=全ての種類がm-1個ずつ出る)は作れるので、n(m-1)+1個以上とったときにm個以上取り出される色が存在することを示せばよい。ここで、n(m-1)+1個以上とってそのような色が存在しないとすると、n種のどの色についてもジェリービーンズはm-1個までしか取り出されていないので、合計はn(m-1)個以下となり、矛盾する。よって仮定は誤りで・・・」
あまりいい例ではなかったかもしれませんが、ここで言いたかったのは、背理法という証明の手筋が、自然な思考の結果生まれた、「最悪でも」というニュアンスの孕む大雑把さを解消しているということです。
このように、頭を使って考え、「大体こういう感じでこういうことが言えそうだな」という結論に至ったら、そのアイディアをうまく証明の技法に落とし込まないといけません。そこでは一種のテクニックや経験が必要になりますが、忘れてほしくないのは、証明のテクニックが先にあるのではなく、自分の自然な思考で思いついた流れを数学の答案にするためにそれらがあるということです。

3、 定理
究極的には言葉の意味についての知識と考える力があれば問題は解ける、というようなことを冒頭で書きましたが、これは大嘘です。実際には、定義を踏まえた上でそれを自分では思いつかないようなやり方で活用する方法たち、「定理」がたくさんあるからです。思考力があれば定義から定理を出せる、というのはちょっと違うかなと思います。例えば、最も基本定理の一つ、三平方の定理を考えてみてください。証明は色々とありますが、中学で習う代表的なものは、三角形を四つつなげて内側に大きな正方形を作り面積を計算する、というあれです。思いつかないですし、自然な発想とはとても言いがたいです。また、斜辺の二乗が残りの辺の二乗の和になっているという主張は、感覚的には理解するのが難しいです。(調べたら、相似比を用いた、三平方の定理がどうして成り立つのかを感覚的に理解しやすい証明もありました。)
定理というのはこのように、自明さや自然さを欠いている場合が往往にしてあります。ただ、今更三平方の定理に疑問を持つ人はいないでしょう。それどころか、本来直感的に正しいとわかるわけではないこの定理を、当たり前だと感じているのではないでしょうか。だとしたらそれは、たくさん定理を使ってきた結果です。反復による洗脳です。これはむしろ望ましいことで、定理を自明だと勘違いするほど繰り返し使うことで、自分の自然な思考の中で、本来発想が必要な部分を近道して通ることができます。だから、定理は暗記してしまうほどたくさん使うのが良いです。
ただ、定理を最初から丸暗記すればいいのかというと、それは違います。定理の証明も、定理そのものと同じくらい大事です。なぜなら、定理の証明には数学的な考え方のエッセンスが詰まっているからです。さっきの三平方の定理の証明でいうと、例えば「面積について二通りの表式を出すと図形的性質を示す等式ができる」というアイディアは内接円の半径を求めるときに応用できます。また、定理の証明を辿る際、「どうしてこの発想が自然なのか」や「どうやったら直感的に主張が理解できるか」を意識するとなお良いです。(三平方の定理のこの証明は少し例外的で、相似比を用いた理解しやすい証明もあるのに、学校で習う順番的に紹介できないため、あのパズルみたいな証明法をとらざるをえないのかな、と思いました。)

さて、長々と書きましたが、数学が難しくなる要因は上の三つに帰着されるのではないでしょうか。これらの困難を乗り越えるためには、残念ながら、演習を繰り返すこと以外に方法がない気がします。「慣れ」や「知識」、「経験」のためです。
ただ、それらを身につけてしまえば、あとは繰り返し述べてきた「思考力」の勝負です。そして、ここで強調したいのは、問題を考える際、「ここで身につけたどのテクニックを使うんだろう」というような考え方をするのではなく、あくまで自分の自然な思考をするべきだ、ということです。あるいは、「自然な思考をすれば数学の問題が解けるようになる」ための勉強をするべきだ、といった方が正確かもしれません。
ではそれはどんな勉強なのか、考えていきたいと思います。